§生態系農業体系下で最大の作物生産を得るための基礎的研究
-作物の根系研究を中心として-
金沢大学教育学部
助教授 鯨 幸夫
§イネの育種における葯培養
石川県農業総合研究センター
育種栽培部
農業研究専門員 小牧 正子
石川県農業短期大学農業資源研究所
所長・教授 島田多喜子
金沢大学教育学部
助教授 鯨 幸夫
四国と九州を合わせた面積にあたる耕地が1年で砂漠と化し,また膨大な量の肥沃な表土の流出が世界中で問題になっているように,地球的規模での環境破壊が進んでいる。他方,世界の穀物生産が人口の増加に対応できず,近い将来には食糧危機になると危惧されている。1972年に発表されたローマクラブの成長の限界を引用するまでもなく,現在の食糧生産現場において,代替エネルギーの開発,資源のリサイクルと有効利用,食糧生産革命がうまく機能しているとはとうてい考えられない状況にある現在,まさに自然環境と資源を保全したままで恒常的に食糧生産活動を実践するための技術確立が切望されている。
日本国内でも,作物栽培上の経費を削減させるための不耕起および直播栽培に関する研究が,根系生育の観点からも進んでいる。この場合,硬い土壌でも根系生育の抑制が少ない品種の育成が必要となるように,環境保全型農業を確立してゆく過程における根系研究は重要な部分を担っている。本項では,上記目的に添った根系研究に関して,稲を材料とした施肥反応を中心に検討してみる。
稲を栽培する場合,施肥法を変える事で根系形態に変異が生じることが知られている。古くから,肥料を与える位置によって根の張り方に差が生じることが知られており,一般に,肥料成分のある場所で根がよく発達する。例えば,暖地でコシヒカリを栽培する場合,出穂前32日に地表下12cmの場所に深層追肥を行うと,土壌深層部の根の活性が高くなり,根量が増加することが知られている。
深層施肥(15~25cmの部分),全層施肥(0~25cm),側条深層施肥(12.5~25cm片側)および表層施肥(0~8cm)がコシヒカリの根系形態に及ぼす影響を,根箱を利用したモデル実験を用いて検討すると(図1,図2),いずれの栽培区でも,施肥されている土壌空間で側根や根毛がよく発達していた(鯨,1989)。根系サイズをみると,深層施肥区で最もよく発達しており,次いで全層施肥区,表層施肥区の順であった。


側条深層施肥区では,施肥の有無によって根系の生育に著しい差が生じ,根が伸びる方向も土壌中の施肥部位にシフトする傾向が認められた(図2-3)。側条施肥で水稲を栽培した場合,穂ばらみ期の根は土壌表層部に多く分布し深層への伸長が少なかったが,全根重は全層施肥区と差はなかったという圃場試験の報告もある。モデル実験によると,表層施肥を行うと土壌表層に分布する根が多くなり,深層部に伸びる根が少なく,浅い根系を形成した。反対に深層施肥を行った場合,土壌深層における側根の発生が多くなり,根が長く伸びる傾向が認められた。
施肥条件を変えて,根系の角度(図3)を検討したところ,施肥位置を変えても品種固有の根系角度には大きな変化が認められなかった。施肥法および施肥量を変化させた場合に土壌中で示す水稲品種の根系角度の品種間差異について検討した結果を表1に示した。


農林3号は狭い角度の根系を示し,陸羽132号は広い角度の根系を示すことが特徴的に認められた。また,コシヒカリの生育途中で,人為的に断根処理を行ったり,土壌温度を低温(18℃)にした場合でも,各品種が示す固有の根系角度に有意な変化は認められなかった(鯨ら,1988)。施肥量を変えて栽培した場合,節根の長さや側根・根毛の発達程度は変化するが,品種固有の根系角度には大きな変異が認められないことから,根系角度は遺伝的に制御されている形質であると考えられた。
地上部の草型を支配している半わい性遺伝子が根系形態に及ぼす影響について検討した。Calrose 76はCalroseから人為的突然変異によって育成された半わい性品種であり,レイメイはフジミノリから人為突然変異によって得られた半わい性品種である。これらの半わい性遺伝子は1個の劣性遺伝子によって支配されており,この遺伝子は低脚鳥尖に由来する半わい性遺伝子と同じ遺伝子座に存在すると考えられている(菊池ら,1985)。
半わい性品種を含んだ数種の品種を用いて,半わい性遺伝子が根系角度に及ぼす影響について検討した結果を表2に示した(鯨,1991)。藤坂5号は狭い角度の根系を,低脚鳥尖は広い角度の根系形態を示し,レイメイ,フジミノリは中間の根系角度を示していた。レイメイと低脚鳥尖との根系角度には明らかな差が認められることから,地上部の草型に影響を及ぼす半わい性遺伝子が,根系角度を決定しているとは考え難く,根系角度は別の遣伝子によって支配されていることが示唆された。

施肥量と肥料種類の違い,および施肥時期は,根の生育に大きな影響を及ぼしている(図4)。

基肥を与えずに深水栽培を行ったコシヒカリは,土壌中の広い範囲に豊かな根系を発達させていた。この場合,標準栽植密度で栽培するよりも疎植栽培の方で,株の直下方向へ伸長する根が多くなり,土壌深くまで根が分布していた。基肥を施用して疎植栽培を行った場合,節根数が増加して土壌中の広い範囲に根が分布していた。
有機質肥料である籾殻堆肥を1t/10a施用した場合,化学肥料を用いて慣行栽培した処理区に比べて根が土壌深くまで伸長していた。籾殻堆肥(1t/10a)と有機質リン酸肥料を併用して栽培した場合には,堆肥だけ施用した栽培よりも根は直下方向によく伸長し,土壌中における根系の分布域も広くなっていた(鯨,1990)。
自然農法で栽培したコシヒカリの根系は,比較的浅く,株の直下に伸長する根が少ないため,株の直下に根の分布が少ない空間ができる傾向が認められた(鯨,1990)。しかし,化学肥料を施用した普通栽培よりも自然農法で栽培した方が根量が多く,根が茶褐色を呈しているという報告もある(片野ら,1983)。
水稲の根系形態は,施肥法,施肥量および水管理といった栽培管理の違いによって変化するが,品種固有の特徴として示される根系角度は,遺伝子によって支配される現象であると考えられる。
生態系を維持した形で農業を実践するための技術確立が要求されている現在,農業が環境に及ぼす負の要因の改善策と正の要因の促進が検討されている。たとえば,水田からのメタン発生を抑制する培培管理技術(鯨,1995)や,不耕起栽培,直播栽培に関する技術や直播栽培用品種の育種等である。いずれの要因も水稲品種の環境適応性や遺伝的変異の解析といった基礎的研究を発展させることで,解決の糸口を見い出すことが可能であると考えられ,今後の研究が期待される。
●片野学 他:日作東北支部会報,21:1- 4(1983)
●菊池文雄 他:農技研報 D,36:125(1985)
●鯨幸夫,長谷川和久:日作紀,57(別1):11-12(1988)
●鯨幸夫:日作紀,58(別1)24-25(1989)
●鯨幸夫:農業および園芸 65:1193-1195(1990)
●鯨幸夫:北陸作物学会報,26:31-34(1991)
●鯨幸夫:日作紀,64(別2):159-160(1995)
石川県農業総合研究センター
育種栽培部
農業研究専門員 小牧 正子
石川県農業短期大学農業資源研究所
所長・教授 島田多喜子
昭和2年に,水稲の交雑育種を中心とする育種組織として,全国9カ所(後に1カ所減)の指定試験地が定められて以来,昭和61年の自由化(下注)まで,イネの組織的な育種事業はおもに国および県の研究機関で行われてきた。育種は素材や手法が何であっても,長期間を要する仕事である。
注)昭和61年以降,民間(企業・個人含む)育成のイネ品種を,各県の奨励品種に指定できる制度が整いつつある。これ以前も,民間のイネ育種が禁止されていたわけではないが,事実上,栽培や販売の道が閉ざされていた。
交雑と選抜による育種の体系が確立しているイネでは,系統育種法(=毎世代選抜を行う)で新品種ができるまでに平均して10年~11年かかり,集団育種法(=温室で世代を進めて固定を早める)でも9~10年を要する。これでは目標とする性質を備えたイネの新品種ができあがるころには,消費者や生産者の要求とのずれが大きくなってしまう。
そこで,この期間を少しでも短縮したいという強い要望に応えて,葯培養をイネ育種に利用する研究が行われてきた。F1に対して葯培養を行うと,交雑育種の期間は平均で7~8年となり,最短で済む。
“葯培養”と呼ばれるが,葯(雄しべの袋)の中に入っている多数の花粉を培養するのがねらいである。1粒の花粉が培養によって細胞分裂を開始し,やがて植物体になると半数体ができる。新関と大野(1968年)によって,世界で初めてイネの半数体がつくられ,それ以後およそ30年にわたる厖大な試行錯誤の積み重ねがあった。特に1970年代の中華人民共和国での組織的な研究は大きな成果をおさめた。
今日では各県の農業試験場でも葯培養を育種の手法のひとつに位置づけるところが増えている(後述)。なお県農試は,最近名称が変更されて県農業研究センターとか県生物工学研究所などと呼ばれる場合も多い。石川県でもかつての県農試が上記のようになった。
ここでは葯培養を用いたイネ育種の現状を,石川県の場合を中心にして紹介する(小牧ら,1995年)。培養という手法は,遺伝子導入の基盤技術として,別な方面へ大きく展開しているが,その面は割愛する。
出穂直前の,葉に包まれた若い穂を切り取るところから始まる。穂を10日間ほどやや低温(10℃)で光をあてない状態に置く。この前処理により培養の効率があがることが経験的に知られている。
次に“葯の置床”と呼ぶ作業を無菌状態で行う。クリーンベンチという作業台に,滅菌した培地や器具,前処理した穂などを持ち込む。ひとつの花(イネ科の花は頴花=えいかと呼ばれる)の中に6本の雄しべがあるが,この葯をピンセットでつまみだして,培地にのせるのである(図1)。

最初に使う培地は,2,4-Dなどの植物ホルモンを含む“カルス形成培地”という。様々な無機塩・ビタミン・糖も含んでおり,ゲルライトという寒天類似の物質で固めてある。我々はイネ用に開発されたN6培地を基本にして,2,4-Dをやや多めに加えているが(表1),かなりの効率でカルスと呼ぶ黄色の細胞の固まりが花粉からできてくる(図1)。

葯の置床は大変細かい手作業であり,花のちょうど良い時期の見分け方,穂の殺菌や切り分け方など熟練した人手が特に必要な段階である。ここで手抜きするとたちまちカビで汚染されてしまうので,実験室や培養室の清潔を保つことも大切である。
さて,置床後20~30日たつと,カルスが成長して肉眼でも見えてくる。次に多数のカルスをひとつひとつ“再分化培地”に植え替えてゆく。この培地は,別な種類の植物ホルモン(オーキシンやカイネチン)を含んでいる(表1)。やがてカルスの表面に緑色の点ができはじめ,新しい芽が見えてくる。再分化培地への植え替え後40~60日たつと,試験管いっぱいに育った苗を外に出すことができるようになる。
試験管内で育った植物はひ弱なので,バーミキュライトなど肥料分を含まない(あるいはごく少ない)土に植え,1~2週間室内に置いて(必要ならラップなどで覆い)急激に水分が失われるのを避ける。しっかりした苗を温室の土に定植する。数か月後,1株あたり5粒以上の種子をつけた穂を取り,選抜の素材とする。
ここで注意したいのは,試験管からでるのは元々1粒の花粉に由来するイネなので,そのままでは半数体であって,種子ができないことである。ところがうまいことに,カルスの状態の期間が長くなると,自然に染色体の倍加が起こり,ちゃんと種子が取れる倍加半数体と呼ぶものができてくる。この自然倍加の仕組みはまだよくわかっていないが,葯培養の意義は正に倍加半数体を得るという点にある。
つまり交雑育種では,両親の遺伝的な性質をさまざまな組合せでもつ子孫がほしいのだが(その中から両親の長所だけを兼ね備えた株を選びたい),その性質が遺伝的に固定されている必要がある。選抜した株からの種子を播いて,同じ優良な性質の株が育ってくれなければ困るのである。これを遺伝的固定と呼ぶ。倍加半数体では,完全な遺伝的固定が保証される。確認のため,倍加半数体1株からは5粒以上ついた穂をとるが,実際に選抜の際にはその5粒からそろって同じ性質の株が育ってくる。そして,選抜後の子世代もその同じ性質の株となる。
交雑育種の強力な1手法となるには,1連のF1葯培養の過程を年間のスケジュールにうまぐ組み込むことが大切である。葯培養を行った後,次世代での選抜のためには,4月上旬(これは石川県の場合である)という決まった時期にいっせいに播種しなければならない。つまり葯培養で種子を得るには,3月末日が絶対的な限界となる。ここでの1週間の遅れは,来年まで1年間待つことを意味し,せっかくの育種年限の短縮という意義が損なわれてしまう。ただし,葯培養には先段に述べたように,完全な遺伝的固定という意義があるので,1年の遅れのため全く無意味になるというわけでもない。
さてここで,時間をさかのぼり,両親の交雑でF1種子を得たところまで戻ろう。F1種子は例年8~9月に取れるので,急げば10月に播種できる。これがF1葯培養の出発点であり,締切り日の1年半前である。私達は11月~1月上旬までの間に,2~3回に分けて播種を行っている。葯の置床作業のピークを分散させるためである。冬期なので温室で温度と日長を調整しながら栽培していると,3月末~6月中旬ごろに良い状態の若い穂が取れてくる。
ここから実験室での作業となる。締切り日から逆算して各段階の終了予定日を経験的に次のとおりに決めている。葯の置床は6月末で完了し,カルスの再分化培地への植え替えは8月末で打ち切る。土への定植は10月末で終わる。これらの目安から遅れると絶対に間に合わないという意味ではないが,労力や時間が結局無駄になる割合がふえるので,打切りにする方が賢明であろう。
そして最後の段階として,温室での倍加半数体の栽培と選抜用種子(5粒以上の穂)の収穫となる。実はこの時期には次年度のF1種子の播種・育成も行わねばならない。倍加半数体は短日条件(冬期なのでなりゆき)で確実に早く稔実させたいし,他方のF1株は長日処理を行ってりっぱな植物にしたい。目的別に温室が2つあればよいが,そうでない場合,一方の日長処理の影響を最小にするような設備(遮光カーテン等)が必要である。
4.効率と規模
表2に平成7年度のF1葯培養の結果を示す。ここ数年,培養効率だけでなく順化など全体の効率が上がっており,規模は増えつつある。さて両親の組合せにより,培養が容易な場合と難しい場合とがある。これは親品種の遺伝的性質による。困ったことにコシヒカリは培養しにくい品種として有名である。片親がコシヒカリやその近縁の品種であると要注意である。しかし,もう片親の影響もあり,毎年異なる育種目標を立てて新しい組合せを扱うので,一般的な予想をすることは雑しい。

そこで我々は次のような方策をとることにした。特長として,まず始めにとりたい倍加半数体の目標穂数を設定する。理論的な詳細は略すが,ふつう50穂/組合せとし,やや遠縁交雑では100穂を目標とする。
さて難易とりまぜて毎年20~30組合せを扱い,カルス形成率=カルス形成葯数/置床葯数(25日めの調査)は10~30%,カルス当りの緑色植物再分化率は20~50kg(なおほぼ同率でアルビノも生ずる。図1),土に定植した緑色植物中の倍加半数体の割合は20~30%である(表2)。
この3種類の率は互いに独立であって,カルス形成が悪くても再分化は良い組合せがあり,あるいはその逆もしばしばである。ただし出発点であるので,カルス形成が悪いと,あとあとまで影響することになる。培養の難易とはこれらの総合をさす。
目標を達成するために,どの段階でもまず標準数を行い,一部を調査して先へ進む率が基準以下の場合,追加をすることにした。たとえば葯の置床は4千個/組合せを標準とする。そしてカルス形成率が10%以下の場合は,率に応じて最高3千個までの葯置床の追加を行う。同様にカルスの移植は600個/組合せを標準とし,緑色植物の再分化率が35%以下の場合,最高カルス400個までの追加を行う。
順調にいくと,200株以上/組合せの緑色植物が得られ,うちほぼ4分の1の50株程度が穂を収穫できる倍加半数体である。残り4分の3は半数体,高次倍数体あるいは不稔の倍加半数体などである(表2)。これらは,頴花の大きさや稔性によって,容易に見分けられる。たとえば半数体は,花が正常のものよりも明らかに小さく,かつ全く実らない。
なお収穫した穂は遺伝的に別個な点が重要なので,重複は避ける。つまり1花粉からは1カルスだけをとり,1カルスからは1緑色植物だけを,ついで1穂だけをとるようにする。数が目標に満たないからと言って,同一葯由来のカルスを無理に多数とったり(重複する可能性が増す),1カルス由来の複数植物を出すなどは一般的に無意味である。
多数の組合せを扱う場合,培養困難で目標穂数に満たない組合せができることがあるが,やむをえない。このような場合も予想して,葯置床が終わってもF1株を生かしておき,F2種子をとっておくと良い。そして系統育種法または集団育種法で対応すれば,通常の育種法からの遅れも生じない。
上述のように,F1葯培養は両親の遺伝子の組合せを固定する目的で行うのであるが,ここで述べることは,全く性質の異なった葯培養のイネ育種への利用である。組織培養によって,まれに元のものとは全く違う性質を持った個体が生ずることがある。これは,培養という過程を経ることによって生ずる突然変異であり,培養変異あるいはソマクローナル変異とよばれている。
残念ながら,我々はまだ培養変異を制御することができないので,生じた変異体の中から農業上有用なものを選抜して,品種あるいは育種素材として利用している。葯培養でも低頻度ではあるが培養変異はおこり,区別してガメトクローナル変異とも呼んでいる。
我々は,有用な変異体を得るという目的でコシヒカリ単品種の葯培養を行った。花粉由来植物の大部分は親植物と同じ性質を持っていたが,突然変異体も生じ,不稔,矮性・長稈・短稈・熟期が少し早いもの・遅いものなど様々な農業形質の変異を示す個体が得られた。
これらの中から,稈長が10~15cm程度短いものや1週間程度早生の個体を選んでさらに形質を調査し選抜していった。ある系統は,短稈であり,コシヒカリの倒伏しやすいという欠点が改善されているが,穂長も短くなり収量が低下していた。また,ある系統は早生で短稈であるが,食味が悪くなっていた。選抜を重ねていった結果,稈長が10cm程度短く,耐倒伏性が強化され,1週間以上早生でしかもコシヒカリ並の良食味である系統が得られ,石川32号とされた(表3)。これは品種登録の準備がなされている。

平成7年(1995年)の統計によると,全国の53カ所(ふつう各県1カ所の農業試験場,および国の指定試験地を加える)で,水稲の育種が組織的に行われている。そのうち葯培養に力を入れているところは,大分県(100%),高知県(90%),石川県・岐阜県(作物部)・愛媛県(各30%)などである。かっこ内の数字は水稲の育種全体のうちで,葯培養に配分される材料の割合を示す。また34カ所はこの割合が20%未満である。葯培養を全く行っていないところも14カ所ある。なお新潟県や広島県では,この割合の数字は低いけれども,精力的に葯培養を行っている。
農水省農研センター編集の「水稲の育成品種・系統の来歴と品種名一覧」1995年版をみると,培養由来(F1約培養が主であるが,F2やF3での葯培養あるいは培養変異,種子カルス,プロトプラスト培養も含む)系統名が付けられたものが全国で122系統,さらに品種登録されたものが10品種あった。この数は徐々に増えつつある。ただし企業・民間はこの統計に含まれない。民間は自由化以来なので,まだごく少数である。
石川県農業短期大学付属農業資源研究所では,イネの組織培養のパイオニアである新関宏夫教授が中心となって,イネ以外の作物も含めて培養の基礎研究を盛んに行ってきた。平成元年に,県農試(当時の名前)の栽培部長であった横谷氏の呼び掛けもあって,農短資源研と県農試の稲作科と生物工学科との3者協力体制ができ予算もついて,イネの葯培養の研究と事業化が始まったのであった。
そして一進一退があったが,現在では育種の体系の中に相当の位置を占めるようになった。平成7年度末で石川番号がついた培養由来の系統は,先述の石川32号を含め,34号,36号,37号の4つがある。
上に述べたように,葯培養は多くのメリットをもっている。しかし培養の規模を広げてイネの育種の主流になるには,まだ工夫が必要であろう。石川県方式は現時点でかなり良い達成を示すと思われるが,カルス形成率の改善を当面の目標にしてさらに研究を重ねていきたい。最後に,この研究と事業は大勢の人々の協力で成り立っており,ここに感謝すると共に紙面の関係で名前を省略したことをお許し願いたい。
●Niizeki H. and Oono K.(1968)lnduction of haploid rice plant from anther culture. Proc. Jpn. Acad.44:554-557
●小牧ら(1995)石川県のイネの育種におけるF1葯培養の利用.育種学雑誌 vol 45,suppl 2:p64